随想 随筆

 アマゾン、マナウスでの思い出
                                   青 地 冨喜子


 平成15年3月12日から、日本の客船、飛鳥で、103日の世界一周の旅に出掛けた。
イラク戦争が起こるか起こらないかの、瀬戸際であったため、定員592人のところ、
キャンセルする人が多くて、半分以下の250人の参加者、平均年齢70.6歳、従業員は
270人、赤字だと云うことだった。飛鳥は日本郵船所有、総トン数、28,856トン、11
階のビルのようなものである。私は、9階の右舷の部屋を取った。横浜、神戸を出た
飛鳥は一路、南へ、シンガポール、マーレ、3月26日早朝赤道通過、南半球に入る。
次いで、セイシェル、南から北へ再び赤道通過、アデン湾へ。3月31日、紅海へ、4
月3日夜半スエズに、4月4日午前6時、愈々スエズ運河に入る。スエズ運河は一方
通行なので、なかなか時間がかかる。丸一日かかってエーゲ海に出る。ピレウス、ミ
コノス、デロス、ヴォ一口ス、ケルキラ(コルフ)クロアチアのドブロクニク、次の
ベニス入港は圧巻だった。飛行機で来た時は絶対見られない、広々とした港と、サン
マルコ広場の大きな壁画が真正面に姿を現せて、私は3回目のベニスだが、胸に熱い
ものがこみ上げて来る程、感激した。次は快晴のアドリア海を南下し、シチリア島と
イタリアのハイヒールのつま先の間(メッシナ海峡)を通過し北上し、リヴォルノへ、
気温24℃、(以下気温は正午のもの)パルマ、マラガ、マルセイユ、バルセロナを経
てジブラルタル海峡を通り、リスボンへ、リスボンは私にとっては初めての土地、坂
の街、古い家が多い。気温18℃、4月30日マディラ島へ、紫色のジャカランタの花が
咲き乱れ、丘から見た家々がオレンジ色の屋根に統一され美しかった。気温19.5℃、
ここで、ヨーロッパにさよならし、大西洋を一路南米へ。5月1日から5月8日まで
もっぱら、海の上、5月5日午前5時、赤道を北から南へ通過、気温、28℃、5月9
日、リオデジャネイロ入港、気温23.5℃、イグアスの滝を見に中型ジェット機をチャー
ターして130人が参加、イグアスの滝はナイアガラの数倍、見事だった。リオは奇岩
と云うか、変わった形の岩山が多く、海岸も美しかった。次は北上し愈々アマゾンに
近付いて来る。
 5月13日、午前8時、レシフェ入港、同日午後5時出港、気温29℃、14日、15日は
アマゾンに向けての航海、スコールに屡々会う。午後6時48分西経44度35分赤道を南
から北へ通過する。15日深夜、南米でのみ観測できる皆既月食が見られた。
 5月16日、アマゾン河口に近付くにつれて波が強く荒れてくる。アマゾン河の流れ
が強く、海の水を押しのけて、河口100m位で海に落ちた人が水を飲んだら真水だっ
たと云う。5月17日、船は愈々アマゾン河に入った。茶褐色の濁流だが流れている物
は木の枝や草の大きな塊で、不潔なごみは全くなく、土が溶けて水に混ざっているよ
うだ。6月のアマゾンは増水し、河幅の狭い所は時間単位で水深が変ると云う。29000
トンの巨大な飛鳥が楽に通れる海のような偉大なる河、アマゾンを飛鳥は静々と進ん
で行った。両岸は10〜15mの潅木が鬱蒼としていた。アマゾン河は1,400キロ上流で、
ネグロ川とソリイモンス川に分れる。更にネグロ川を10キロ上流にマナウスと云う人
口140万の都会はあった。アマゾンの入口からマナウスまで2日半を要した。マナウ
ス到着、5月19日8時00分、ここはゴムの産出によって100年前に栄えた都である。
 まあまあのビルや、古い民家が入り混じって、昭和40年頃の復興半ばの日本の都会
のような姿だった。100年前に建ったオペラ劇場(Teatro Amazonas)が威風堂々
と、今尚あって、ゴム景気に栄えた昔の面影を残していた。これを見たさに、今度の
船旅に参加したのだと云うS先生は御満悦この上なしだった。そして、ここの不思議
は、ネグロ川の水温28℃、流速2ノット、ソリイモンス川は水温22℃、流速4ノット
で河口から分岐点まで、絶対に混じり合わないのである。色も違い、スピードも逢う
ので、肉眼でよく見えて写真にも撮った。
 5月20日の午後、マナウスでF夫人と私はショッピングに出掛けた。宝石屋を覗い
ていると、日本語の出来る女性が近寄って来て、タクシーで郊外のもっと広い店に行
きませんかと言って来た。そばに知り合いのK夫妻がいらして、一緒に行きますかと
聞いたら行くとおっしゃられたので、F夫人と私の4人でタクシーに乗り込んだ。15
分程行くと、外の景色が、ごろっと変り、家は少なくなり、ゴルフ場のような草原や、
又、時々、ネグロ川が海のような大きな姿を見せたりして、運転手は簡単な英語も通
じない黒人だったが、Kさんが男性なので私は安心、して、マナウス郊外の景色を楽し
んでいた。ところが、突然F夫人が、これは誘拐に違いないと云い、私はここで降り
てタクシーを拾って船に帰りますと、云い出された。そうは云っても、タクシーがど
れか分からないし、こんな所で降りたら、却って危険なことになるのと違うかと答え
ると、F夫人はぶるぶる震え出された。そのF夫人を何とか慰めながら、40分程、行っ
た所で、車から降ろされ、そこは、なかなか豪著なリゾートホテルの前だった。あー
あ−やれやれ。ホテルの宝石屋の店員が迎えに出て釆て、我々は中に入り、ハンサム
な日本人の店長の弁舌に惑わされ、big shoppingをする事になる。怖い目に会わず
よかった。でもやはり騙されて、大金を使う羽目になった。マナウスでの苦い思い出、
夫が生きていて、この話をしたらどんなに怒ることだろう。怖い、怖い。
 

              濁流のアマゾン夏の雨激し
              濁流のアマゾンに飛ぶ夏の蝶
              更衣せぬアマゾンの旅なりし
              アマゾンの大蓮浮葉蝶が飛ぶ
              アマゾンの密林中に大青葉
              スエズ抜けアドリア海の夏を航く
                                          蕗野

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